雅楽-gagaku-あれこれ

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琵琶

平安時代前期に活躍した楽人、藤原貞敏は若い頃から音楽に精通し、鼓や琴などを好んで演奏していたといいます。遣唐使として唐にわたり、琵琶の名手である簾承武に弟子入りしました。短い期間(数ヶ月といわれる)で、曲を習得し、さらに数十曲の楽譜を授けられ、帰国の折に
『琵琶の祖』の画像

以前、貞数親王と在原行平のエピソードを紹介しましたが、貞数親王とおなじく清和天皇の皇子である貞保親王(南宮式部卿)も楽ではよく知られた人物でありました。 清和天皇の第四皇子として生まれ、琵琶、和琴、尺八(伝来当初は雅楽の楽器の一つでしたね)などをよく演奏

藤原貞敏の師匠である簾承武に関する伝説は日本にもいくつか残されています。ある月の明るい夜、村上天皇が清涼殿で「玄上」を弾いていると影のようなものがあらわれ、気高い声で譜を諳んじます。天皇が琵琶を置いて「そなたは何者か?どこから来たのか?」と尋ねると、「私

平敦盛の兄である平経正もやはり楽の素養がある人物でした。平清盛の異母弟、経盛の息子である経正は幼少期、仁和寺で過ごしたことがありその頃に楽才を認められ、仁和寺の五世門跡、覚性法親王より琵琶「青山」を下賜されたといいます。経正は青山を片時も離さなかったとい
『経正と青山』の画像

先日ご紹介した、黒田官兵衛の手に渡っていたという、琵琶の銘器「青山」(セイザン)この楽器は唐より伝来したとされますが、これを日本に持ち込んだのは藤原貞敏です。 他にも有名な「玄上」も一緒に持ち帰っています。承和5年(838)に唐に遣唐使准判官として赴き、
『黒田官兵衛ゆかりの「青山」の伝来』の画像

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