雅楽-gagaku-あれこれ

雅楽演奏家による 雅楽情報満載のブログです

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雅楽にまつわる人物

今をさかのぼること千年ほど前、醍醐天皇の孫に徽子(きし(よし)こ)という女王がいました。 彼女は重明親王という管絃に優れた父を持ち、親王同様に楽の道に優れていたといいます。彼女は、斎宮として伊勢に下った後に村上天皇の後宮に入内したため、斎宮女御とも呼ばれ
『左を使う 〜演奏にそそぐ並々ならぬ思い〜』の画像

今昔物語には以下のような話が書かれています。嵯峨天皇の皇子である北辺大臣(きたのべのおとど)はさまざまな道に長けていたが、管絃は特に素晴らしくなかでも箏の演奏については並ぶものがいない腕前だったある夜、大臣が心の赴くままに筝を弾いていると明け方となり難し
『北辺大臣の楽才』の画像

 いくさやぶれにければ 熊谷次郎直実...『平家物語』の有名な「敦盛の最期」。わずか17歳にして討ち取られるという、潔くも儚い敦盛の姿が涙を誘う名場面の一つでもあります。敦盛は笛の名手であったと言われ、祖父の忠盛が鳥羽院より授かった「小枝」(または「青葉
『敦盛は笛を吹いた?それとも篳篥?』の画像

先日、再び話題にさせていただいた海野勝萊氏の『蘭陵王』 実は同じく舞楽を題材にした作品がまだあります。 どういった経緯であったのか、『蘭陵王』制作から約十年後、勝萊は『太平楽』を題材とし制作を決めます。 制作にあたっては陛下の思し召しにより雅楽寮を訪
『芸術文化御奨励の事 〜明治天皇の思召し〜』の画像

秋の叙勲に雅楽の世界ではおなじみ装束師の大槻眞一郎氏(大槻装束店社長)が黄綬褒章受章となったそうです。雅楽の舞台は装束師さんがいないと成り立ちません。黄綬褒章は「業務に精励し衆民の模範たるべき者」に授けられるものだそうで、2003年(平成15年)の栄典制度改正

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