雅楽-gagaku-あれこれ

雅楽演奏家による 雅楽情報満載のブログです

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楽器・装束・歴史

今年2016年は夏目漱石没後100年。漱石の著作『行人』には主人公が雅楽鑑賞に赴くシーンが描かれています。実はこれは漱石の実体験をふまえたものでした。漱石が雅楽を鑑賞したのは明治44年。当時の雅楽の様子が日記に残されているので、漱石の視点から少し探ってみ
『漱石、雅楽をみる』の画像

今朝のNHK舞楽、ご覧になりましたか?申年の今年にぴったりの「蘇莫者(そまくしゃ)」でしたが、とても変わった舞楽です。その昔、聖徳太子が信貴山へ行く時、尺八を吹いたところ老猿の姿をした山神が現れて舞ったのを、四天王寺の楽人がこれを元にして舞ったという。ま
『「蘇莫者」ご覧になりましたか?』の画像

今をさかのぼること千年ほど前、醍醐天皇の孫に徽子(きし(よし)こ)という女王がいました。 彼女は重明親王という管絃に優れた父を持ち、親王同様に楽の道に優れていたといいます。彼女は、斎宮として伊勢に下った後に村上天皇の後宮に入内したため、斎宮女御とも呼ばれ
『左を使う 〜演奏にそそぐ並々ならぬ思い〜』の画像

今日、7月14日は安史の乱によって、玄宗とともに楊貴妃が都落ちした日だそうです。(756年 聖武元年6月13日)玄宗、楊貴妃ともに雅楽(中国雅楽)には大変にゆかりの深い人物であるので、以前、こちらのブログでも紹介したことがありました。「玄宗皇帝の寵妃 楊
『日本に残る玄宗皇帝ゆかりの楽曲たち』の画像

紅葉山とは江戸城内の本丸と西の丸の間にある小高い丘です。徳川家康をはじめ、歴代の将軍の廟がおかれたことから、御霊屋(おたまや)とも言われたそうです。寛永19年(1642)に創設された「紅葉山楽所」は、紅葉山にあった徳川家康の廟の祭祀を司るための組織。三方

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