今回平等院で発見された壁画が「延喜楽」であると特定されましたが、

この延喜楽は記事の中にもあるように日本製の舞楽です。

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醍醐天皇の御代、延喜8年(908)に式部卿敦実親王が舞を、左近少将藤原忠房が作曲したもで、年号をとって曲名としています。


左舞の名曲「万歳楽」の番舞として、おめでたい時に演奏されていたそう。





敦実親王は宇多天皇の皇子(醍醐天皇の異母弟)で、諸芸に通じた人物だったと言われており、この「延喜楽」のほかにも「胡蝶」を作っています。


また子どもたちも父の影響を受け、それぞれ楽に巧みだった人物として有名です。


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さて、この舞楽は記事内にも触れられているように、特徴的な動作があります。

この写真のように両手を振り上げてから大きく開き斜めに体を開いて踏み込むところなどは見せ場でもあり、難易度の高いものでもあります。


このような舞を作ることができた敦実親王の技量は並々ならぬものだったのでしょう。


こうして今から1100年も前の平安人が作った舞を今も舞うことができるというのも雅楽ならではですね。